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2017年08月19日

森鴎外と岡倉天心、そして根岸党(根岸倶楽部)

2016年1月17日の発表 担当:中條
参考資料
「岡倉天心〜美と裏切り」清水多吉 中公叢書(中央公論新社 2013)
「幸田露伴と根岸党の文人たち〜もうひとつの明治」出口智之 (教育評論社 2011)

森鴎外と岡倉天心はともに東大第一期卒業生ということもありよく吞み歩いている。そこに陸羯南、饗庭篁村、森田思軒も加わり明治23年10月には連日のように相互の家で吞んでいた。そして12月には「根岸倶楽部」が設立した。
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2017年08月16日

「根岸邊図」の製作者は鍬形寫ヨか?(村絵図 その5)

2016年2月7日の発表 担当:桜井
参考資料
「亀田鵬斎と江戸化政期の文人達」(渥美國泰 芸術新聞社)
「ビジュアル 台東区史」(台東区史編纂専門委員会)
「都市図の系譜と江戸」(小澤弘 吉川弘文館)
「黒髪山縁起絵巻」について (小澤弘)
「鍬形寫ヨ」(監修 渥美國泰 内田欽三、編集・発行 津山市教育委員会・太田記念美術館)

鍬形寫ヨは鵬斎を筆頭とした化政期の文人墨客の多くと親交があり、根岸とその周辺地域も熟知していた。

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根岸の三天狗〜成瀬大域、新岡旭宇、永倉雪湖〜

2016年3月13日の発表 担当:小田
参考資料
書道五十年史 (墨美 創刊号 昭和26年6月号)
根岸人物誌 巻之二

新岡は若い時から酒豪で飲むと殆ど狂に近かった。
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根岸の茶人 益田克徳と二代目松本幾次郎

2016年4月10日の発表 担当:神保
参考資料
東都茶会記 第2巻(大正3年1〜12月)
旧渋沢庭園と三人の作庭者(東京農大 正田実知彦 あらかわ学会年次大会2010)

大住清白(上野風月堂)の茶室を吉田楓軒(和敬会十六羅漢:吉田質屋)が譲り受け「松雨亭」にした(現在の竹台高校付近)。山澄宗澄(茶器商)の「隣鐘庵」(元三島そば)、馬越化成(日本麦酒社長)の「流水庵」(お行の松そば)、大久保北隠の「二覚庵」(上根岸)、今泉雄作の「無碍庵」(中根岸)など明治期には茶室が多く存在した。
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まちづくり協議会と台東区都市計画マスタープラン/九鬼周造「根岸」を読む

2016年6月12日の発表 担当:大江
参考資料
東京の町を読む〜下谷・根岸の歴史的生活環境(陣内秀信ほか 相模書房)
台東区都市計画マスタープラン

担当:
九鬼周造「根岸」(岩波文庫)

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江戸(化政時代)の笑いと笑い感度

2016年6月12日の発表 担当:橋本
参考資料
ヒュースケン日本日記(岩波文庫)
スイス領事が見た幕末日本 (リンダウ)
日本奥地紀行(イザベラ・バード)
夢酔独言(勝小吉)
北斎の謎を解く(諏訪春雄 吉川弘文館)

ハジケて笑った「文化文政時代」に焦点をあてて、徳川家斉、勝小吉のハジケ具合や外国人が見た笑いこける日本人の印象を紹介。
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2017年07月17日

根岸美術工芸家の三奇人〜堆朱楊成、豊川揚渓、青山周平〜

2016年7月3日の発表 担当:小川
参考資料
「根岸人物誌」巻之3
「茶ばなし」より(読売新聞1901(明治34)年4月15日と16日の朝刊)

「根岸人物誌」で豊川揚渓、青山周平については「根岸美術工芸家の三奇人の一人なり」もしくは「根岸美術工芸家の三奇人の一人に数えられる」と注釈がついている。根岸美術工芸家の三奇人とは何か?
それを読み解くカギは読売新聞1901(明治34)年4月15日と16日の朝刊にある。
詳しくは、2016年7月4日にアップされている記事を参照ください。
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第20代堆朱楊成〜根岸から田端へ〜

2016年9月11日の発表 担当:神保
参考資料
「田端文士村」近藤富枝 中公文庫
「堆朱楊成」 美術日報社編 昭和16年
「下谷の大火再報」東京朝日新聞 明治31年4月21日

明治13年8月に根岸で生まれた通称豊五郎の楊成は、明治29年の兄の死去により第20代を襲名した。
明治31年4月の下谷の大火(全焼418戸、半焼17戸)で焼き出され、中根岸37番地に移転。大正9年、田端430番地に移転。大正11年7月に芥川家の隣に新築なり移転し、そこは堆朱御殿、田端御殿といわれ豪邸だった。
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竹柴其水(きすい)と河竹糸

2016年10月10日の発表 担当:小田
参考資料
「根岸人物誌」巻の2,3
「作者の家〜黙阿弥以後の人びと」河竹登志夫 講談社 昭和55年
「大正6年2月調査・東京演芸地図」新演芸 大正6年3月号付録

おそめさんが夫の竹柴其水こと岡田新蔵と住んだ家は、下谷区中根岸町46番地にあった。河竹黙阿弥の娘の糸の後見役を竹柴其水は果たし、糸は大正6年7月から大正9年10月まで中根岸に暮らした。
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「鍬形寫ヨ」と寛政の改革 〜村絵図 その6〜

2016年11月13日の発表 担当:桜井
参考資料
「亀田鵬斎と江戸化政期の文人達」渥美國泰著 芸術新聞社 1995
「都市図の系譜と江戸」小澤弘著 吉川弘文館 2002
「鍬形寫ヨ」監修:渥美國泰・内田欽三 発行:津山市教育委員会・太田記念美術館 2004
「山東京伝」佐藤至子 ミネルヴァ書房 2009

北尾正美の名で北尾重政の門人であった鍬形寫ヨは、松平定信の寛政の改革での異学の禁の結果、交流のあった山東京伝(北尾政演)や亀田鵬斎が弾圧の対象になるのを目の当たりにした。そうしたなかで北尾正美は津山藩のお抱え絵師となり浮世絵師時代の北尾正美の名を捨て、鍬形に変え名も紹真(つぐさね)に改め、鍬形寫ヨ紹真となった。
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